制度研究
Vol.69
政府保障事業について
事例の概要
自賠責保険(共済)の対象とならない「ひき逃げ事故」や「無保険事故」にあわれた被害者に対し、最終的な救済措置として、政府(国土交通省)がその損害をてん補する「政府保障事業」の制度を検討しました。
議題内容
議題内容
・「政府保障事業」の制度の概要
・自賠責保険の制度と同じ点
・自賠責保険の制度と異なる点
・事務所の事例紹介
参加メンバー
羽賀弁護士、澤田弁護士、伊藤弁護士、吉山弁護士、小川弁護士、山本弁護士、倉田弁護士、田村弁護士、加藤弁護士、石田弁護士、西村弁護士、原口弁護士

羽賀弁護士
今回のテーマは「政府保障事業」です。政府保障事業の一般的な解説と、今回、実際に政府保障に請求した事例がありますので、併せて紹介します。まず、政府保障事業とは何かということですが、簡単に言うと、加害者の自賠責保険がないとか、ひき逃げなど、自賠責保険の対象にならない交通事故の損害に対して、政府が支払ってくれる制度です。政府は支払いをした後、加害者本人に対して求償請求をします。
ご参考までに、国土交通省のホームページの内容を資料でお送りしています。
基本的に自賠責保険がない場合のシステムですので、自賠責保険と類似するものになりますが、全てが同じというわけではなく異なる点がありますので、簡単に紹介します。

羽賀弁護士
まず同じ点ですが、傷害部分、後遺障害部分、死亡部分、それぞれの上限額が自賠責と同じで、それぞれ120万円、4000万円、3000万円です。7割以上の重過失の場合に減額を受けるという点も同じです。
損害の算定基準も同じです。
時効の期間は3年で、基本的には同じですが、部分的に少し違うところもあるので、後でお話しします。
審査の流れは、窓口となる損害保険会社に書類を出して、損害保険料率算出機構が調査するという、そこまでの流れは同じです。

羽賀弁護士
自賠責保険と異なる点を、順番に説明していきます。まず、請求できるのは被害者のみで、加害者からは請求できません。
2番目は、親族間の事故は補償されません。例えば、夫が運転していて自損事故を起こし、妻が怪我をしたというパターンでは、自賠責は使えるケースがありますが、政府保障は使えません。
3番目は、仮渡金の制度がなく、治療終了後の請求になります。自賠責の場合、入院や通院を一定期間した場合には、5万・20万・40万円の仮渡金の制度がありますが、政府保障では、治療終了後にまとめて請求することになります。

羽賀弁護士
4番目が、自賠責と大きく異なる点ですが、健康保険、労災保険などの社会保険からの給付を受ける場合、その金額は差し引いててん補されます。つまり、健康保険や労災保険を使って治療を受けた場合、その保険から支払われる金額が、差し引かれてしまいます。

吉山弁護士
自賠責は、よほど高齢の方でなければほとんどの場合上限の金額が支払われますが、政府保障の場合は上限の金額にならないことが多いことに注意が必要ですね。

羽賀弁護士
そうなんです。例えば治療費に健康保険を使って、自己負担3割で15万円、健康保険負担分が残り7割分の35万円で、慰謝料は80万円というケースの場合。自賠責なら、健康保険負担部分は考慮しないので、自己負担の治療費15万円と慰謝料80万円、合計95万円が支払われます。しかし、政府保障の場合は、健康保険の負担部分は支払われないので、自賠責の上限額120万円から、健康保険負担分35万円を引いて、85万円しか支払われないことになります。もう1例挙げますと、治療費が自己負担3割で60万円、健康保険負担分が140万円、慰謝料が100万円というケースですと、自賠責では120万円支払われるんですが、政府保障の場合は0円になってしまいます。

𠩤口弁護士
どうしてそのように支払いが削られるという制度になっているのですか?

羽賀弁護士
政府保障事業は、他の制度を使っても填補されない損害を最終的に支払うという制度になっているためです。他の制度で填補されるのであれば、その分填補額が少なくなります。金額については、事例紹介のときにもう少しお話しします。

羽賀弁護士
自賠責と異なる点5番目は、被害者に支払われた額については、政府が加害者に求償する点です。6番目は、提出書類が自賠責よりも細かいものが求められる点です。
これも詳しくは事例の方で紹介します。
7番目は、支払いまでの期間が非常に長い点です。政府保障の請求の流れは、保険会社に書類を出し、損害保険料率算出機構に送られて調査が入りますが、この調査が通常より細かい印象です。そして調査が終わると、国土交通省に移ってさらに調査をしますので、非常に時間がかかることになります。
損保ジャパンのホームページには、大体半年から1年以上かかるとあります。自賠責では、半年から1年かかるケースはほとんどありませんので、政府保障では時間がかかることが分かります。期間についても、後の事例の方でご紹介します。

羽賀弁護士
8番目は、時効更新の取り扱いがないことです。先程、基本的な時効期間は、自賠責と同じ3年と紹介しましたが、時効更新の取り扱いはありません。そのため、起算点が固定されます。傷害部分は事故発生日、後遺障害部分は症状固定日、死亡部分は死亡日から、それぞれ3年以内に手続きを全部行う必要があります。てん補決定がされた時点で3年を超えているケースが考えられますが、その場合には異議申立ができず、裁判上の請求をしなければなりません。
自賠責の場合は、基本的に決定が出た時点で時効更新されて、そこから3年という考え方になっています。

吉山弁護士
このように見てくると、政府保障は自賠責がない時に使う制度とは言っても、自賠責とは異なる部分が多くあるといえそうですね。

羽賀弁護士
確かに自賠責と違う部分が多くあるため、注意をしながら手続きをしないといけないと思います。

羽賀弁護士
次に、私が担当した、政府保障事業に請求した事例を紹介します。被害者の方から問い合わせがあった時点では、加害者の任意保険が無保険だということでした。ただ、無保険車傷害保険があるとのことでしたので、ご来所いただきお話しを伺いました。

羽賀弁護士
怪我は、左鎖骨遠位端骨折で、鎖骨が上に上がるのをおさえるため、上腕骨と肩峰部分の間にプレートを曲げて挿入していて、可動域が悪化している状態でした。鎖骨骨折の中でもやや重傷かなという状況です。相手方が通常の任意保険だったら、これだけの怪我をされていて、過失割合が10対90くらいなので、受けてもいいかなという事案なんですが、無保険車傷害保険は、怪我をしているだけではだめで、後遺障害等級が認定されないと使えません。そこで、後遺障害等級が出るかどうか検討しまして、可動域制限で12級か、だめでも、痛みで14級が出るのではないかと判断してお受けしました。

羽賀弁護士
実は最初の時点では、自賠責保険はあるという前提でした。被害者の方が持って来られた交通事故証明書に、加害者の自賠責保険の会社と番号の記載があり、問題ないと判断したわけです。ところが、手続きを進めて行く中で、自賠責保険もないということが判明しました。

羽賀弁護士
この案件は通勤労災の事故で、依頼者の方は労災で治療を受けられました。労災から自賠責の方に求償請求したら、応じられないという回答が返ってきたと、依頼者の方から連絡があり、そのことが判明したわけです。どうしてこんなことになってしまったかというと、事故は、「令和3年▲月●日・午前7時■■分」に起こったんですが、加害者の自賠責は、「令和3年▲月●日・午後0時」から有効になるもので、時間がずれているので自賠責が適用できないということなんです。加害者が事故より後に有効になる自賠責保険を、間違って警察に申告し、そのまま記載されたものと思われます。

羽賀弁護士
そのため、本当に自賠責がないか調査を行いました。もともと依頼者の方が加害者と直接やりとりされていたということなので、とりあえず、依頼者の方を通じて加害者に、事故時に有効な自賠責保険がないかなど、色々確認してもらったんですが、そのうち加害者と連絡が取れなくなってしまって、よく分からない状態になりました。

羽賀弁護士
その後こちらから、日本損害保険協会と外国損害保険協会に対して、23条照会をしました。日本損害保険協会からは、加入の自賠責取扱いのある9社については該当なし、外国損害保険協会からは車台番号がないと回答できないとの回答で、いずれにしても自賠責は判明しませんでした。それ以外にも、JA共済や全労災などの共済系や、外国損保や国内損保の一部は調査できない状態だったんですが、きりがないので、自賠責はないものと判断して、政府保障に請求することにしました。

山本弁護士
結局自賠責は見つからなかったんですね。それであれば政府保障に請求せざるを得ないですね。

羽賀弁護士
そうですね。やむなく政府保障に請求したという感じです。

羽賀弁護士
政府保障の請求の流れですが、保険会社に対して請求をしたのが去年2022年7月下旬です。この時点で、通常の自賠責請求では求められない資料の提出が必要になりました。請求に当たっての申告事項、通勤と関連しているのかとか、場合によっては健康保険や運転免許証のコピーなどを出さないといけないとか、人身傷害保険があるかとか、通院交通費の明細書は通常の自賠責のものよりも細かいことを書かないといけない、といった具合で、最初の時点で細かい資料を出さないといけないというのも特徴だと思います。

羽賀弁護士
損害保険料算出機構からの補正は1週間後にすぐにやって来ました。事故状況の詳細や、通院交通費の詳細、通勤経路図、自賠責なら出さなくてもいけるはずの後遺障害の請求のための実収入がわかる源泉徴収票などなど、色々と提出を求められました。担当部署が保障事業部というところで、政府保障なので通常よりも色々と細かい事をお願いしますといった説明を受けました。

羽賀弁護士
損害保険料率算出機構から国土交通省に手続きが移ったのは10月下旬ということで、損害保険料率算出機構の調査は2か月半ほどで終わったわけなんですが、そこからが長くて、国土交通省から補正が来たのが、5か月後の今年2023年の3月下旬です。その際、事故前3か月・事故発生月・症状固定時の各給与明細、事故前3か月の通勤手当を支給した月の給与明細の追加提出を求められました。

羽賀弁護士
その結果、ようやくてん補額の支払いがあったのが今年2023年6月中旬です。

山本弁護士
政府保障への請求から支払いまで11か月弱とは長くかかりましたね。

羽賀弁護士
長かったです。後でも話しますが地公災への既払金等の照会に時間がかかっていたのではないかと考えています。

羽賀弁護士
てん補額の話になりますが、後遺障害12級の認定で、約146万円でした。傷害部分に関しての支払額は0円です。
詳しくは「政府保障事業に対する損害検討枠の決定について」という資料をお配りしています。

羽賀弁護士
こういう金額になった理由ですが、傷害部分については、本件は地方公務員災害補償法により120万超が治療費で支払われており、限度額120万円を超えているので払えませんということでした。後遺障害部分についても似たような話で、地公災の方へ請求すると、78万円ほどが支払われるはずだということで、先に控除されて、2,240,000円-780,000円=約146万円だけ、というのが今回のてん補額になりました。
自賠責と比べると非常に少ない額になることがあるというのが特徴だと思います。

羽賀弁護士
政府保障事業がどれだけ利用されているか、損害保険料率算出機構のホームページに上がっている統計資料によりますと、2021年4月1日~2022年3月31日の1年間で427件しかありませんでした。警察庁のホームページによれば、2022年に交通事故で怪我をした人は約35万人ですので、政府保障事業に請求している人は極めて少なく、ほとんどいないと言っても過言ではありません。

吉山弁護士
交通事故で自賠責への請求はよくやりますが、政府保障に請求することはほとんどないというのが実感です。その実感は、統計からも裏付けられるといえそうです。

羽賀弁護士
政府保障への請求がわずかしかない理由ですが、自賠責は強制保険であるため、自賠責無保険というのがそもそもそんなにないのではないかというのがまず考えられます。また、政府保障の手続きが非常にややこしいので、おそらく、怪我が軽い場合には請求していないケースもあると考えられます。それ以外にも、人身傷害の方で対応できるんだったらそれで対応して、政府保障には請求をしていないケースもあると思います。

羽賀弁護士
加害者が任意保険無保険のため、無保険車傷害保険で対応するというのは、これまでも手続きをしたことがありますが、自賠責はあるケースばかりでした。実際に政府保障に請求する場合は、時間がかかりますし、多くの書類提出を求められる可能性があるので、依頼者の方には前もって、色々負担がかかるということは説明しておく必要があると思います。今この案件に関しては、無保険車傷害の方と交渉を進めています。

吉山弁護士
政府保障事業と無保険車傷害保険で、損害全体のカバーができそうですか?

羽賀弁護士
無保険車傷害なので弁護士基準による保険金支払いが期待できます。今回の無保険車傷害保険の保険会社からも弁護士基準を適用できるという話が来ています。

西村弁護士
政府保障の請求書類を保険会社に送付という話でしたが、どこの保険会社に送付するんですか。

羽賀弁護士
今回は損保ジャパンに送付しました。それ以外にも、あいおいニッセイ・東京海上・三井住友海上等の大手損保や、よく聞く損保会社であれば大抵窓口として対応しています。
「みお」のまとめ

加害者に任意保険がない場合でも、被害者の方が無保険車傷害保険を契約されていれば、弁護士に保険金支払いの交渉を依頼することが可能で、当事務所でも無保険車傷害保険との交渉をお受けしています。しかし、自賠責保険にも加入していない加害者によるいわゆる「無保険事故」や、「ひき逃げ事故」の被害にあわれた場合は、無保険車傷害保険だけではなく、政府による最終的な救済制度である、政府保障事業に損害の塡補を請求する必要があります。
手続きをするには、損害保険会社(共済)に書類を提出しますが、自賠責保険の場合と比べて、必要書類が多く、内容もより細かいものが必要とされます。また保険会社等を通しててん補額が支払われるまでおよそ6ヶ月から1年以上と非常に時間がかかります。その他、自賠責保険と違う点が色々あり、注意しながら手続きを進める必要があります。
手続きをするには、損害保険会社(共済)に書類を提出しますが、自賠責保険の場合と比べて、必要書類が多く、内容もより細かいものが必要とされます。また保険会社等を通しててん補額が支払われるまでおよそ6ヶ月から1年以上と非常に時間がかかります。その他、自賠責保険と違う点が色々あり、注意しながら手続きを進める必要があります。
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