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弁護士による交通事故研究会

裁判例研究
Vol.78

若年労働者の逸失利益算定における基礎収入

本件の担当
羽賀弁護士

2024年08月07日

事例の概要

赤い本2024年版収録の講演「若年労働者の逸失利益算定における基礎収入」の内容を検討しました。

議題内容

議題内容

・若年労働者の逸失利益に関する「三庁共同提言」について

・実収入が年齢別平均賃金程度の若年労働者の基礎収入の考え方

・実収入が年齢別平均賃金より低い若年労働者の基礎収入の考え方

・実収入が年齢別平均賃金より低い若年労働者の裁判例

・実収入が年齢別平均賃金より高い若年労働者の基礎収入の考え方

・実収入が年齢別平均賃金より高い若年労働者の裁判例

参加メンバー
羽賀弁護士、澤田弁護士、伊藤弁護士、吉山弁護士、小川弁護士、山本弁護士、倉田弁護士、田村弁護士、加藤弁護士、大畑弁護士、石田弁護士、西村弁護士、原口弁護士、青井弁護士
羽賀弁護士
今回は、赤い本2024年版の講演録に掲載されている「若年労働者の逸失利益算定における基礎収入」を検討します。
これまでも赤い本には同様のテーマの講演が何度か掲載されていましたが、今回はもう少し掘り下げた内容になります。
山本弁護士
若い人の基礎収入をどうするかは問題になることが多く、逸失利益の金額が大きく変わるので、どのように判断するか気になるところです。
羽賀弁護士
そうですね。問題になることが多いだけに、講演のテーマになったように思います。
この講演で検討しているのは、若年労働者の逸失利益算定において、
1:実収入が年齢別平均賃金より低い場合、基礎収入を全年齢平均賃金より減額する例があるが、どのような事情を考慮するか。
2:実収入が年齢別平均賃金より高い場合、基礎収入を増額する例もあるが、どのような事情を考慮するか。
以上の2点です。
羽賀弁護士
若年労働者の逸失利益については三庁共同提言があります。
その中身ですが、若年労働者で実収入が年齢別平均賃金より低い場合に、逸失利益算定において賃金センサスの平均賃金を採用する際の判断要素があげられています。
あげられている判断要素ですが、
①事故前の実収入が全年齢平均賃金よりも低額であること。
②比較的若年であることを原則とし、おおむね30才未満であること。
③現在の職業、事故前の職歴と稼働状況、実収入と年齢別平均賃金または、学歴別かつ年齢別平均賃金との乖離の程度及びその乖離の原因などを総合的に考慮して、将来的に生涯を通じて全年齢平均賃金または学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められること。
以上の3点です。
羽賀弁護士
例えば、平均賃金の90%または93%の年収を得ている被害者については、平均賃金とそれほどの差異はないとの評価です。
また、以下の具体的が挙げられています。
1件目は、板前修業中の23才男性で、年収が中卒年齢別平均賃金の55%の180万円の方のケースです。板前は、見習い期間中の収入は少なくても、一人前になれば相当な収入が得られる特徴があるので、男性・中卒・全年齢平均賃金程度の収入が得られる蓋然性があるとの評価をしています。
2件目は、25才の時に大工として独立した27才男性で、収入が学歴計年齢別平均賃金の約81%の350万円の方のケースです。独立してまだ2年であることと、自営業の大工であれば経験年数に連れて収入の増加が見込まれることから、男性・学歴計・全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められるとの評価をしています。
以上が、三庁共同提言の内容です。
山本弁護士
三庁共同宣言はおおむね30歳未満が対象ですが、自賠責保険の支払基準では、35才未満の被害者について現実収入か平均賃金のいずれか高い方を用いることとなっていますよね。
吉山弁護士
この点は自賠責の基準の方が緩いと言えます。弁護士が保険会社と交渉するときは三庁共同宣言やその他の弁護士基準を基にしますので、やはりおおむね30歳未満の方が平均賃金採用の対象になると言えます。
羽賀弁護士
講演の内容に戻りますが、30歳未満の被害者が年齢別平均賃金程度の実収入を得ている場合の考え方ですが、平均賃金程度の収入を得ている労働者であれば、事故時の職業や収入は基礎収入算定の重要な判断要素になります。そして、年齢別平均賃金程度の実収入を得ている場合は、特段の事情がなければ、逸失利益算定の際の基礎収入は平均賃金が採用されることになると思われます。
羽賀弁護士
それ以外の要素としては、被害者が将来、就労を継続して経験を蓄積することで収入が大きく増加することが見込まれるかどうかとの点が重要です。
あと、単純な作業に長時間従事しているとか、フルタイムの本業にプラスしたアルバイト等の収入で一時的に高収入を得ているといった場合には、収入が学歴計・年齢別の平均賃金程度あったとしても、生涯にわたって高収入を維持する見込みがあるとは言い難いので、学歴計ではなく、例えば、高校卒の学歴別平均賃金を基礎収入とすることが考えられます。
羽賀弁護士
それから、就労の継続が見込まれる場合には問題ないけれども、就労形態によっては、短期間の収入をもって年齢別平均賃金程度の年収を得ている場合と同視するのは相当でないこともあります。例えば1年更新の派遣とかであれば、現在の収入が年齢別平均程度であっても、基礎収入を平均賃金より減額することがありえると思います。
羽賀弁護士
次に、講演のメインの部分になりますが、被害者の実収入が年齢別平均賃金より低い場合の考え方です。
実収入が年齢別平均賃金より低いのであれば、 実収入のみでは平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があると認めることはできないので、被害者の職種、就労形態、専門技術や資格の有無、稼働先の規模や安定性、就労態度、転職の可能性などを考慮して、将来、収入を大きく増加させることが期待できるかどうかを検討することになります。また、低収入になっていた原因として、健康状態や家庭の状況、趣味やボランティア活動などの優先、就労意欲の不足がある場合には、それらの事情が将来的に継続するかどうかについても検討する必要があります。
羽賀弁護士
全年齢平均賃金を採用するかどうかについては、被害者の年齢や就労期間がどの程度かが大きく影響します。
例えば、被害者が20才前後の場合、 健康状態や能力に特段の問題がないのに、稼働時間が少なく、収入が低くなっている事案であっても、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得る蓋然性が認められることがあり得る、つまり全年齢平均賃金を採用できる場合があります。
逆に、20代半ばを過ぎていて、特に支障がないのに、学校を卒業してそれなりに時間が経過しても十分に稼働していないために著しい低収入になっているとか、 過去にも十分に稼働した実績がない場合には、全年齢平均賃金を採用せず、平均賃金から減額する可能性があります。
羽賀弁護士
では、平均賃金を減額して基礎収入にする場合、どう計算するかですが、実収入が年齢別平均賃金に占める割合を求め、その割合か、その割合よりやや高い割合を平均賃金に乗じる方法を用いるケースが多くなります。
それから、被害者が30歳以上の場合は、三庁共同提言の考え方から外れるため、実収入を基礎収入とするのが原則です。ただし、学生であった期間が長いとか、転職して新しい職種に従事し始めたばかりである場合などでは、就労の継続による昇給の可能性を考慮して、全年齢平均賃金を利用することもあり得ます。
羽賀弁護士
次に、実際の裁判例がどうなっているかですが、実収入が年齢別平均より低い場合、平均賃金より減額するケースがみられる一方、平均賃金を採用している事案もあります。年収が平均賃金の60%未満になると平均賃金から減額する事案が多くみられますが、60%以上の場合、平均賃金を採用している事案が意外と多い印象があります。
羽賀弁護士
被害者の年齢別ではどうかの視点ですが、年齢が若いほど平均賃金を採用しやすく、年齢が上になり30歳に近づくほど平均賃金から減額する事案が増えていきます。
羽賀弁護士
実収入が年齢別平均賃金の80%未満で基礎収入に平均賃金を採用した事案について、どういう要素を考慮しているかですが、被害者が若年であることのほか、勤務先で勤務を開始したばかりであること、就労の意思と能力を指摘するものがあります。
羽賀弁護士
平均賃金から減額している事案の多くは、実収入以外に減額する理由を積極的に示していないとのことです。
10代で就業期間が短い被害者の場合は、学生に近い扱いになりますし、社会に出て数年以上経過していて30才に近い被害者の場合には、一般の労働者に近い扱いをされる傾向があります。
ただ、どの程度の年齢や就労期間であれば、学生に近い扱いをすべきか、一般の労働者に近い扱いをすべきかは、考え方に幅があります。裁判での判断は最終的に裁判官のさじ加減というところがあり、裁判をする際の難しさが出ていると言えそうです。
山本弁護士
これまでの話は裁判例を基にしていますが、保険会社との交渉ではそれほど精緻な議論はしないかもしれません。公表されている算定基準を基に計算することが多いので、被害者側に有利な場合もあれば、不利な場合もあると思います。ただ、裁判官の判断より結論の見通しを立てやすいとは思います。裁判の場合は、基本的に裁判官一人で判断するため、予想外の結論になってしまうことがあり、それが裁判の怖いところといえます。
羽賀弁護士
次に、実収入が年齢別平均より高い場合の考え方についてです。
まず基本的な考え方ですが、実収入が年齢別平均賃金よりも高いことだけを根拠にして、全年齢平均賃金を上回る金額を基礎収入とすることはできないとのことです。その理由は、若年労働者の実収入は、事故までの比較的短期間の実績なので、それだけで、長い将来にわたって全年齢平均賃金を上回る高収入を得る蓋然性があるとは言えないからです。
羽賀弁護士
医者など、職業の性質によって高収入が裏付けられる場合には、職業別平均賃金が使われます。また、公務員とか大企業に勤めているのであれば、昇給制度が明確にされていることなどを立証して高い基礎収入を認定するので、単純に全年齢平均賃金を増額修正して利用する場面は、かなり限られます。
羽賀弁護士
裁判例ですが、掲載数がかなり限られていました。
そのうちの1件は、大卒年齢別平均賃金の1.142倍の収入があると主張された事案ですが、将来にわたり同世代の1.142倍の年収があるとまでは言えないとして、大卒年齢別平均賃金の1.142倍ではなく、大卒全年齢平均賃金を採用しています。
それから、消防職の市職員で、高卒年齢別平均の1.25倍の収入があった方のケースでは、消防職だから今後の高収入が裏付けられているとの理由で、高卒全年齢平均の1.25倍を基礎収入としています。
山本弁護士
事件を受ける中でのイメージ程度になりますが、賃金センサスは結構高いところがあり、年齢別平均賃金より収入が低い方はよく見かけますが、年齢別平均賃金より収入が高い方はやや限られているようにも思います。そのような部分が、紹介されている裁判例の数にも影響しているかもしれません。
羽賀弁護士
私も、実際の収入と賃金センサスとの関係については、同じような印象を持っています。
私からの説明は以上となります。若い人について平均賃金を採用するかどうかは問題となりやすいところですので、赤い本の記載を参考に検討することになると思います。

「みお」のまとめ

交通事故で怪我をして、後遺障害等級が認定された場合、後遺障害逸失利益が認められます。逸失利益の算出に用いる基礎収入は、被害者の年齢や職業によって注意すべき点が異なり、判断が容易ではありませんので、保険会社との示談交渉など、やり取りで困ったことや分からないことがある方は、当事務所にご相談いただければと思います。

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