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弁護士による交通事故研究会

裁判例研究
Vol.72

既存障害等に関する損害額の算定例

本件の担当
羽賀弁護士

2023年11月09日

事例の概要

既存障害がある場合の後遺障害認定や損害額の算定方法について、裁判例と当事務所が扱った事例を基に検討しました。

議題内容

議題内容

・交通事故相談ニュースの記事紹介と解説

<被害者の既存障害に関連する自賠責の加重と損害算定について>

<判例紹介>

<裁判例から得られる示唆>

・過去に受任した既存障害が関連する事例の検討

参加メンバー
羽賀弁護士、澤田弁護士、伊藤弁護士、吉山弁護士、小川弁護士、山本弁護士、倉田弁護士、田村弁護士、加藤弁護士、大畑弁護士、石田弁護士、西村弁護士、原口弁護士、青井弁護士
羽賀弁護士
日弁連交通事故相談センター発行の「交通事故相談ニュース」に既存障害がある場合の裁判例が紹介されていました。そこで、その内容と、私が受任した既存障害のある方の事例を紹介します。
羽賀弁護士
まず「交通事故相談ニュース」2023年10月1日発行分に掲載の、「既存障害等に関する損害額の算定例」という記事について。元の記事は資料に付けています。
羽賀弁護士
最初に自賠責の加重と損害算定について解説しています。被害者に既存障害がある場合、自賠責では加重という制度があります。例えば、事故前から関節可動域制限で12級の障害があったところへ、事故の怪我で10級になったという事案が考えられます。
山本弁護士
そのような事例では、自賠責の上限額が認められる場合であれば、10級の保険金4,610,000円-12級の保険金2,240,000円=2,370,000円が支払われることになりますね。
羽賀弁護士
そうなりますね。
この点、任意保険との交渉や裁判における後遺障害慰謝料の算定では、自賠責の加重と同様の考えが用いられやすく、今の例では、10級の後遺障害慰謝料は5,300,000円、12級では2,800,000円ですので、単純に引き算して、5,300,000円-2,800,000円=2,500,000円を認定するといった事案が比較的多いのではないかとされています。
羽賀弁護士
これに対して、後遺障害逸失利益は個別・具体性が強いので、単純に労働能力喪失率を差し引くわけにはいかない事案が多いのではないか、とされています。
先ほどの例で言いますと、単純に、労働能力喪失率は10級で27%、12級だと14%なので、27%-14%=13%を労働能力喪失率としていいのかということになります。
羽賀弁護士
この点ですが、確かに後遺障害逸失利益は個別・具体性が強いので、裁判では単純な差し引きではなく、個別具体的に考えているケースは多くあると言えます。ただ、示談交渉ではそうとは限らず、単純に差し引きをして解決しているケースも多い印象です。自賠責が単純な差し引きで算定する方式をとっているため、任意保険会社としてはそれと同じ方法の方が合意しやすいという面があるのだと思います。
羽賀弁護士
また、既存障害と素因減額の関係ですが、既存障害があるからといって素因減額が直ちに適用されるとは限らないのが裁判の傾向であるとされています。
羽賀弁護士
続いて、既存障害が問題になった事案5件の裁判例が掲載されていますので、簡単に紹介していきます。
1件目は名古屋地裁平成30年3月16日の判決です。
被害者は事故当時16歳の女性。養護学校高等部普通科に通学中の軽度の知的障害がある方です。後遺障害は外貌醜状9級16号で、逸失利益をどうするかということですが、基礎収入は、2013年障害者雇用実態調査に基づく知的障害者の平均賃金108,000円を年額換算で12倍して、1,296,000円とされています。労働能力喪失率は、9級ですが外貌醜状であることを考慮して14%。労働能力喪失期間は52年です。後遺障害慰謝料は6,900,000円で、これは9級の赤本基準通りの認定をしています。
吉山弁護士
後遺障害は外貌醜状で、既存障害である軽度の知的障害とは異なる障害ということで、慰謝料の差し引きや素因減額はされなかったわけですね。
羽賀弁護士
そうですね。
2件目は東京高裁平成30年7月17日の判決です。
被害者は事故当時74歳の男性で、居酒屋を経営されていました。事故後左目失明、右膝下切断の後遺障害が残りましたが、自賠責では因果関係が否定されて非該当の判断になりました。
これに対して裁判所は、既存障害である右目失明と交通事故による左目失明で、両眼失明として1級を認定。右膝下切断は5級を認定しました。
既存障害は、右目失明と左目の視力0.02で3級を認定しています。
羽賀弁護士
裁判では左目失明について後遺障害と認定していますが、外傷性視神経症というのが交通事故によって発生したものの、これ自体は軽症ということで、通常これだけであれば左目失明にまでは至らなかったのではないか、重篤な糖尿病があったために左眼失明に至ったとして、既往症が左目失明に寄与した割合は5割とされています。
また、右足膝下切断について、既往症である糖尿病の合併症が原因で悪化しているということで、8割が既往症が原因であると認定しています。
羽賀弁護士
逸失利益の認定ですが、基礎収入は確定申告に基づき、労働能力喪失率は1級で100%。ただ、左目の失明により労働能力を100%喪失したものの、既往症による部分が5割のため、素因減額で50%減額とするという認定になっています。
羽賀弁護士
後遺障害慰謝料は、通常28,000,000円のところ15,000,000円という認定になっています。左目の失明の原因は既往症が5割、右足膝下の切断の原因は既往症が8割ということが考慮されています。
羽賀弁護士
3件目は高松高裁令和元年8月30日の判決です。事故当時60歳の男性で、役所の嘱託職員をされていました。後遺障害は遷延性意識障害で1級です。
既往症として、54歳頃に糖尿病性壊疽(えそ)を発症し、左第4足趾切除術を受けています。これは、後遺障害等級としては13級に相当します。
逸失利益の算定ですが、基礎収入は事故当時の実収入、労働能力喪失率は100%という認定です。
ただ、労働能力喪失期間は、事故に遭わなくても、糖尿病の悪化によって就労期間が制限される可能性が相当程度あったということで、平均余命の1/2ではなく、1/4の5年間に制限するとされています
後遺障害慰謝料は、1級で基準通り28,000,000円です。既往症・既存障害で第4足趾切除がありますが、これは13級には相当するものの、遷延性意識障害とは異なる障害であるため、慰謝料の認定上マイナスにはしないという判断です。
羽賀弁護士
4件目は、福岡高裁令和2年7月6日の判決です。
事故当時14歳で、重度知的障害と肢体不自由を併せ有する状態で、特別支援学校の中学部重複学級に通学されていました。
この方が、給食介助中の誤嚥事故で窒息状態に陥り、低酸素性脳症で重篤な脳障害が残り、 脳性麻痺等によって身体障害1級の認定を受け、常時介護状態になった事案です。
羽賀弁護士
認定された後遺障害慰謝料は、1級であれば通常28,000,000円のところ、20,000,000円です。事故前からの重度知的障害や、肢体不自由があった一方、事故前には、一定程度の意思活動と表現が可能な部分もあったのが、全て不可能になったという部分を評価しての金額です。
将来介護費は、近親者介護として母の就労可能期間は日額10,000円。その後は職業介護日額20,000円を認定で、後遺障害等級1級の場合の認定としてはよくあるような金額になっています。ただ、元々介護が必要だったという事情があるので、最終的な認定としては、この金額の3割分とだいぶ削られています。
羽賀弁護士
最後は、広島高裁令和3年9月10日の判決です。事故当時17歳の女性で、盲学校高等部普通科に通学されていました。
事故による後遺障害は、高次脳機能障害3級、外貌醜状7級、鎖骨変形12級、嗅覚脱失12級で、併合1級です。
既存障害は全盲です。逸失利益の基礎収入をどうするのかということですが、全盲ならば障害等級1級で労働能力喪失率が100%であり、基礎収入を認定できないことになる可能性があります。ただ、本件では基礎収入について、男女学歴平均4,890,000円の8割が認定されました。
羽賀弁護士
理由としては、健常者と同一賃金で就労することは確実だったとは言えないけれども、その可能性も相当程度ある。あと、障害者雇用事情の漸進的な変化に伴い、将来的にその可能性は高まっていくだろう、というものです。
後遺障害慰謝料は30,000,000円で、通常の28,000,000円よりもプラスで認定されています。
理由は、加害者の過失の程度が大きく、被害者の知覚障害を克服する努力が本件事故によって失われ、てんかんの重積発作の危険が持続する可能性がある後遺障害は特に深刻と言え、被害者の心理面に与えた影響も深刻である、といったものです。
将来介護費は高めの認定で、母が67歳までは1日12,000円、その後は30,000円で認定されています。
山本弁護士
いずれの裁判例も個別具体的に検討した上で結論を導いている印象で、記載された理由づけなどを一般化するのは難しい部分もありそうです。
羽賀弁護士
確かに、個別性の高い認定になっていますが、これらの裁判例から得られる示唆として、以下のものがあげられています。
①事故前に就労実績がある場合には、その実績に基づいて、蓋然性のある基礎収入などを認定しようという姿勢があるのではないか。
②その上で、最高裁が示している素因減額の要件が具体的に認定される場合には、素因減額が検討されている。
③就労実績のない年少者の逸失利益に関しては、事案ごとの判断にならざるを得ない。その際の基礎収入の認定には、被害者の成育歴などの前提事実が欠かせない。
④後遺障害慰謝料は、既存障害の加重とは言えない場合には、単純に引き算しているわけではない事案が多い。
⑤将来介護費は、事故前後の介護状況にどのような変化が生じているかというところで判断されている。
交通事故相談ニュースの記事紹介は以上です。
羽賀弁護士
次は、こちらも個別性の強い事例なんですが、当事務所が受任した、既存障害がいくつかあった方の事例を紹介します。
被害者の方には、元々、交通事故とは関係なく、強直性脊椎炎に基づく脊柱の著しい運動障害6級という既存障害がありました。
強直性脊椎炎は、背骨などに運動障害が生じたり、脊椎の骨折や脊髄損傷なども起こしやすい疾患で、日本では非常に症例が少ないされています。
羽賀弁護士
以上のことを前提として、事例の紹介をします。
実はこの方は3度交通事故に遭われました。
まず最初の事故。これは、事故で頭を打ち、
①脳挫傷痕12級
②嗅覚脱失12級
③眼の流涙14級の後遺障害等級が認定されました。
羽賀弁護士
2度目の事故は、当事務所で受任しました。
この事故では、胸椎圧迫骨折の怪我をされ、脊柱の中等度の変形が残ったということで、本来の等級で言うと後遺障害等級8級に相当するものです。
ただそのときは、既存障害である強直性脊椎炎に基づく脊柱の著しい運動障害があったため、胸椎圧迫骨折後の頑固な神経症状12級だけの認定になりました。
羽賀弁護士
3度目の事故ですが、これも当事務所で受任しましたが、腱板損傷による肩関節可動域制限で10級が認定されました。もう1つ、脊髄損傷もあったのですが、症状がだいぶ治まったということでこちらは後遺障害としては認定されていません。
吉山弁護士
色々な障害があり、後遺障害認定や損害額の認定が複雑になりそうです。
羽賀弁護士
確かに2度目の交通事故では、相手方から様々な主張がされ、最終的に紛争処理センターの審査で最終決着をしました。
この事件では、当方から労働能力喪失率について、12級が認定されたことから14%と主張しました。
この点について、既存障害として強直性脊椎炎があり、脊椎の骨折が発生しやすくなるところ、胸椎の圧迫骨折の怪我をされていますので、治療費だとか、傷害慰謝料だとか、後遺障害の逸失利益や慰謝料などについて、素因減額の主張が出てくる可能性がある事案ではありました。実際には、相手方からは素因減額の主張はなかったものの、既存障害により労働能力が相当程度喪失していたとして、今回の交通事故による逸失利益はごく少額にとどまるとの主張がありました。
羽賀弁護士
紛争処理センターの斡旋案は、喪失率は14%で出てきましたが、相手側が応諾しなかったため、審査となり、審査でも労働能力喪失率は14%となりました。審査の詳しい内容は資料に付けていますが、後遺障害等級が12級の認定であるとか、業務に対する影響を軽減する努力などを評価して14%にした、といったことが記載されています。
羽賀弁護士
3度目の事故の示談内容ですが、こちらは、保険会社からの対案を資料に付けています。
強直性脊椎炎の既存障害があって、脊髄を損傷しやすい状態にあるところ、脊髄損傷の怪我もされていますし、主治医の先生としては肩関節可動域制限について脊髄損傷が影響している可能性があるとの見解でした。そうなると、本来であれば、治療費や傷害慰謝料や後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料などについて、素因減額されてもおかしくはないと考えていたんですが、その辺りは保険会社から特に主張はされず、最終的に示談で解決になりました。
脊髄損傷による手のしびれなどはほとんど治っていたこともあり、減額を主張されなかった可能性もあるのではないかと考えています。
澤田弁護士
何回か交通事故に遭遇してしまう方もいますし、当事務所では最近2回目の交通事故に遭ったとして相談・依頼に来られるリピーターの方も多くいます。そのような方の中には、これまでの交通事故による後遺障害が損害額の認定に影響してくるケースもあるかもしれないので、気を付ける必要がありそうです。

「みお」のまとめ

交通事故で怪我をして後遺障害が残った場合、後遺障害慰謝料や逸失利益を請求することになります。障害内容によっては高額の請求になり、複雑な計算をする必要があります。
後遺障害等級が認定され、保険会社から示談金額の提案があったという方は、みお綜合法律事務所にご相談ください。

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