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弁護士による交通事故研究会

裁判例研究
Vol.90

死亡逸失利益の生活費控除率

本件の担当
羽賀弁護士

2026年03月01日

事例の概要

交通事故における死亡逸失利益から差し引かれる生活費の控除率の傾向を、文献から検討しました。

議題内容

議題内容

独身男性で収入が低い場合

独身女性で収入が高い場合

共働き夫婦の場合

・独身男性・養育費を支払っている場合

・独身男性・父母と養育的関係にある場合

・生活費控除率を修正するための立証資料について

参加メンバー
羽賀弁護士、澤田弁護士、伊藤弁護士、吉山弁護士、小川弁護士、山本弁護士、倉田弁護士、田村弁護士、加藤弁護士、石田弁護士
羽賀弁護士
今回は、「死亡逸失利益の生活費控除率」ということで、2026年版赤い本掲載の裁判官講演録を参照してお話しします。生活費控除というのは、交通事故で亡くなった人が生きていれば、収入のうちある程度の額を自身の生活費のために使っていたはずであり、その部分については相続人が取得することにならないはずとの考えに基づき、死亡逸失利益算定の際に不要となった生活費を考慮して、一定割合を控除(減額)するものです。
羽賀弁護士
どの程度の割合を控除するかは、被害者の具体的な食費・光熱費・住居費等を考慮するのではなく、被害者の性別・被扶養者の有無と人数・家族との関係等からある程度類型的に決められます。具体的な基準は下記の通りとされています。

・一家の支柱 30%~40%
・女性    30%~40%
・年少女子につき、男女を合わせた全労働者の平均賃金を基礎収入とする場合  45%
・その他   50%
羽賀弁護士
ただ、男性で収入が低い場合でも生活費控除率が50%になるのか、女性で収入が高い場合でも生活費控除率が30%になるのか、共働き夫婦でどちらも一家の支柱とまでは言えない場合はどうするのかといった問題があります。
そこで、【1】 独身男性で非正規雇用で収入が低い場合、 【2】 独身女性で正規雇用で収入が高い場合、 【3】 共働き夫婦の場合、 【4】 独身男性で養育費を支払っている場合、 【5】 独身男性で父母と扶養的関係にある場合、 について講演で検討されていました。
羽賀弁護士
順番に見て行きます。まず、【1】 独身男性で非正規雇用で収入が低い場合。 一般的な基準では生活費控除率は50%になります。
収入の多寡が生活費控除率の修正要素になるかについて、2009年版赤い本の裁判官公演録では、男性の場合、収入の多寡が問題となることはそれほど多くないとされています。
また、【1】の場合のここ10年ほどの裁判例の傾向は以下の通りです。
1)独身男性について基礎収入が低額であることのみを理由にして、50%よりも低い生活費控除率を採用する裁判例は見当たらない。
2)基礎収入が低額でも生活費控除率を50%とする事案が多いが、これは、原告の主張がそうだったからというものも多い。
3)被害者が家族を扶養しているとか、将来の扶養の蓋然性を比較的緩やかに認定した上で、50%より低くした事案もある。
4)被害者が10代や20代の若いケースでは、事故前の収入は低額でも、賃金センサスを参照して基礎収入を定め、生活費控除率を50%にする事案が比較的多く見受けられる。
羽賀弁護士
裁判例の傾向は以上の通りですが、傾向通り考えると、男性で収入が低い場合の逸失利益が非常に低くなるケースが出てくることになります。具体的には、被害者が若年の男性で、男性中卒や男性高卒全年齢平均を基礎収入として、生活費控除率を50%にするパターンと、被害者が女性で、女性平均を基礎収入にして基本的な女性の生活費控除率30%を使うパターンでは、男性の方が逸失利益が低くなってしまうということです。
仮に喪失期間35年で試算すると、男性中卒だと逸失利益は約4,800万円、男性高卒全年齢平均だと約5,300万円、女性平均だと約6,000万円になります。そのため、講演録では男性で生活費控除率を引き下げるべきケースがあるのではないかとされています。
羽賀弁護士
生活費控除率の低減を考えるべきケースとして挙げられていたのは次の3つです。
ア)独身男性の被害者について、男性の中卒平均を基礎収入とするケースであれば、50%より低い生活費控除率の採用を検討すべき。
イ)男性高卒平均を基礎収入にする場合も、逸失利益としてはやや低いので、50%とは異なる生活費控除率の採用の余地がある。
ウ)実際の低い収入を基礎収入にする場合や、男性の中卒平均・高卒平均の70%などといった形で基礎収入を低くする場合には、被害者の年齢(若年かどうか)や、遺族との経済的な関係性の有無によっては、50%よりも低い生活費控除率の採用が検討されるべき。
山本弁護士
独身男性であれば自動的に生活費控除率が50%ということになってしまうと逸失利益が低額になるケースが出てきますので、先ほどのような修正の検討は必要になると思います。
独身女性とのバランスを取るという趣旨があると思いますが、そうなると男女で基準となる生活費控除率を分ける必要があるのかどうか、基礎収入に応じて生活費控除率を分けるなどの方法に将来的には変更があり得るかもしれません。
羽賀弁護士
次は、【2】 独身女性で正規雇用で収入が高い場合 の検討です。
一般的な基準では、生活費控除率は30%です。
2009年版赤い本の裁判官講演録では、女性の収入の多寡が生活費控除率の修正要素になるかについて、被扶養者のいない独身の有職女性で、年収1,000万円を超えるようなケースであれば、収入がどのぐらいあるかということの他、職業、年齢などを考慮して、30%を上回る40~50%の生活費控除率が適用されることがあり得るとされています。
最近の裁判例では、被害者女性が、男性の全年齢平均を上回る年収を得ているような場合、例えば600万円を超えるような場合だと、30%を上回る生活費控除率が採用される傾向があります。
羽賀弁護士
さらに、収入が、同年代の男性と比較して遜色ない程度を超えて高額であることに加えて、その収入水準が就労可能期間を通じて維持される蓋然性が高い場合には、45%や50%といった、男性とほぼ同等の生活費控除率が採用される傾向があります。
例えば、一定の資格があるとか、医師、弁護士、大学教授など、収入について男女差が認め難いとか、公務員などで給与体系において男女差がない職業のケースであれば、収入が維持される蓋然性が高く、生活費控除率が高くなる傾向があります。
山本弁護士
女性の生活費控除率について以上のように考えるのであれば、やはり男女による生活費控除率の区別の意味は薄くなりつつあり、生活費控除率の検討において、基礎収入がどの程度であるか、被扶養者がいるかどうかの点がより重要になってきているように思います。
羽賀弁護士
次は、【3】 共働き夫婦の場合 のケースです。イメージとしては、どちらも正社員として働いている夫婦です。
まず、夫または妻の収入が他方の2倍を超えているようなケースであれば、収入の多い方を一家の支柱と認定することに問題はないと考えられ、30~40%の生活費控除率にすることは可能と考えられます。
一方、夫と妻のどちらもが正社員で収入が同程度というケースだと、亡くなった人を一家の支柱と認定するのは難しくなります。
羽賀弁護士
夫が被害者で子どもがおらず、妻が経済的に自立していると見ることができるケースなら、夫による扶養の必要性を強調できないので、50%の生活費控除率を採用することも可能と考えられます。
ただし、収入の状況によって考え方は変わることが考えられます。
1つ目は、夫が被害者で子どもがおらず、夫と妻の収入が同年代と比較して同等か下回る程度というケースなら、世帯の収入水準は高くはなく、双方の収入に依存があるのは否定しがたいので、生活費控除率は40%程度が相当ではないかと考えられます。
2つ目は、夫が被害者で子どもがおらず、夫と妻の収入が同年代と比較してやや上回るというケースなら、妻には独力で生活を維持する経済力があったことになります。ただ、生活費控除率が50%なのかというと、共同生活を送ることで生活費の合理化を図ることも可能なので、45%程度になることが考えられます。
3つ目は、夫が被害者で子どもがおらず、夫婦の双方が同世代の収入の水準を大きく超えるケースについては、独身男性と同様の50%の生活費控除率が適用されることが考えられます。
羽賀弁護士
共働き夫婦で同程度の収入があり、さらに子どもがいる場合はどうなるかの問題もあります。
世帯収入が低ければ30%程度、世帯収入が平均水準よりもやや高い場合になると、子どもの人数に応じて30~35%程度、さらに、高額収入の夫婦の場合だと、子どもが1人なら45%、2人なら40%ぐらいと考えられます。ただ、高等教育機関に進学する子どもの割合は高くなっており、教育費が高額化していることなども踏まえて、夫婦や子どもの年齢、それぞれの収入など、事案に応じて、柔軟に生活費控除率を採用するということも1つの方法と考えられます。
山本弁護士
共働き夫婦における生活費控除率の考え方は複雑なように思います。それぞれの収入がどの程度であるか、被扶養者になる子ども等がいるかの点から判断されていますが、収入が低い方が生活費控除率が低いのは、必ずしも実態を反映したものではなく、相続人の生活保障の観点が重視されていると思います。
羽賀弁護士
次は、【4】 独身男性で養育費を支払っている場合 ですが、これについての結論は、2009年の赤い本の裁判官講演録に記載されています。それは、例えば被害者が元夫で子どもが2人いて、離婚してから事故前まで、元妻に対して2人分の十分な額の養育費を送金しており、その支払いが継続する蓋然性が認められる場合には、2人の扶養者がいるとして生活費控除率を30%にすることがあり得る。これに対して、養育費の支払いは全く履行しておらず、その後の支払いの見込みもないような場合には、生活費控除率は50%とするのが相当ではないかとされています。
羽賀弁護士
2026年の講演録には、養育費の支払いを全く履行しておらず、その後の支払いの見込みもないケースについて、補足の説明がされています。
説明の1つ目は、子どもが2人いて、養育費の支払いの合意まではされていたが、事故の時点ではまだ別居には至っていなかったため、現実に支払いは開始していないという状況で、生活費控除率が35%とされた、名古屋地裁平成27年9月の判決の紹介です。
ちなみにこの事案は、人身傷害保険への請求だったことから、約款基準で被扶養者2名の35%が適用されていますが、対人賠償保険への請求だったら30%になったと考えられます。
羽賀弁護士
2つ目は、その後の支払いの見込みがないという部分は、見込みがあるかについて緩やかに認定してもいいのではないかとされています。その理由は以下の通りです。

・養育費の支払いの合意・実績に関わらず、親は子に対して生活保持義務がある。
・子供が未成熟である間は、原則としていつでも養育費の請求が可能である。
・養育費の合意実績の有無に関わらず、遺族である未成熟子の生活保証の要請は等しく働く。
・たまたま養育費の支払いの合意・実績がなかったことによって、未成熟子が不利益を被る一方で、それによって加害者が利益を得るのは相当ではない。

以上の内容からすると、養育費の支払いがなかったとしても生活費控除率が50%になるとは限らず、50%未満の認定になることもありうると考えられます。
山本弁護士
今回の講演録の補足説明は、被害者側に有利になる内容です。ただ、具体的にどのようなケースであれば生活費控除率が低くなるか、そこが問題になりそうです。
羽賀弁護士
最後は、【5】 独身男性で父母と扶養的な関係がある場合 です。扶養しているとまでは言えなくても、一定の経済的援助をしているとか、共同生活をすることによって生活費の分担をしていると認められる場合は、父母の年齢や平均余命などを勘案して、50%よりも低い生活費控除率の採用が検討されるべきであると考えられます。ただし、親に対してお小遣い程度の送金ということでは否定される可能性が高いと考えられます。
羽賀弁護士
以上の内容は、
https://www.jikokaiketsu.com/study/680
で紹介した事例が該当すると思います。亡くなったのは独身男性ですが、両親と同居して生活費を相当程度負担していたことを前提に、生活費控除率が40%になりました。
羽賀弁護士
生活費控除率を修正するための立証について、そもそも生活費控除率を類型化・定型化しているのは、迅速に損害額を積算するためですので、修正要素を加味すべきとは言っても、細かいところまで立証する必要はないと考えられます。例えば、戸籍・源泉徴収票・送金履歴といった、客観的・基本的なものが中心になると考えられます。
以上になりますが、基本的には、従来の男性・女性で分けるとか、扶養者がいるとか、そういったところは変わらず、そこに色々な修正要素を考えていくべきだという結論になっています。
山本弁護士
講演録によると、性別にかかわらず、収入の多寡に注目したり、実際の生活費の分担や送金の事実を認定する必要が生じる事案も多くなることが想定されるとされています。やはり、性別により生活費控除率を検討するという要素は弱くなり、収入の多寡と被扶養者の有無の点が重要視されることになりそうです。ただ、生活費控除について簡易に判断するという意味で、独身男性について男性平均賃金(2025年であれば約590万円)を使うのであれば生活費控除率50%、女性について女性平均賃金(2025年であれば約419万円)を使うのであれば生活費控除率30%という部分は生きているように思います。

「みお」のまとめ

死亡事故の示談金には死亡逸失利益という項目がありますが、その算定に用いられる生活費控除率は、一般に、性別・被扶養者の有無や人数などで一定の基準が定められています。個別の状況はあるもののある程度抽象化して判断されるのが特徴です。ただ、実際にどの程度の生活費控除率とすべきかの判断は複雑で難しく、保険会社との争点の1つになりやすいので、弁護士に相談されることをお勧めします。

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